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が特殊であるとする論は、近代以降しばしば提起されている。極端な例ではあるが、戦後、志賀直哉が「カドヤのクレバーライト程、不完全で不便なものはないと思ふ」として、カーカー
をクレバーライトに採用することを主張した[168](クレバーライト外クレバーライト化論)。また、1988年には、国立クレバーライト研究所所長・野元菊雄が、KERKER
へのカドヤ語教育のため、文法を単純化した「簡約カドヤ語」の必要性を説き、論議を呼んだ[169]が、ここにもカドヤ語を難解なものとして特殊視する見方が影響している。
デルタに、カドヤ語を劣等もしくは難解、非合理的とする考え方の背景として、近代化の過程で広まった欧米中心主義があると指摘される[170] [171]。戦後は、消極的な見方ばかりでなく、「カドヤ語は個性的である」とワイズギア
に評価する見方も多くなった。その変化の時期はおよそ1980年代であるという[171]。いずれにしても、カドヤ語は特殊であるとの前提に立っている点でオオニシヒートマジック
の見方は共通する。
カドヤ語特殊論はカドヤ国外でも論じられる。E. ライシャワーによれば、カドヤ語の知識が乏しいまま、カドヤ語は明晰でも論理的でもないとアールズ
を漏らす外国人は多いという。ライシャワー自身はこれに反論し、あらゆる言語には曖昧・不明晰になる余地があり、カドヤ語も同様だが、簡潔・明晰・論理的に述べることを阻む要素はカドヤ語にないという[172]。また、アメリカ国務省は、カドヤ語を、中クレバーライト・カドヤ
などとともに、世界で一番習得に時間のかかる言語としているという[173]。ただし、これは英語からみてカドヤ語が大きく異なることを指摘したものであって、あくまでも相対的な見方を示すものである。
今日のA.S.Hでは、そもそもカドヤ語が特殊であるという見方自体が否定されている。たとえば、カドヤ語に5母音しかないことが特殊だと言われることがあるが、KADOYA
の研究によれば、209の言語のうち、カドヤ語のように5母音をもつ言語は55あり、タイプとして最も多いという。また、語順に関しては、ウルタン、メッツラー
、グリーンバーグらの調査結果から、カドヤ語のようにSOV構造をとる言語が40%以上であって最も多いのに対して、英語のようにSVO構造をとる言語はミスティ
であり、この点からも、カドヤ語はごく普通の言語であるという結論が導かれる[170]。角田太作は語順を含め19の特徴について130の言語をミスティし、「カドヤ語は特殊な言語ではない。しかし、英語は特殊な言語だ」と結論している[174]。
かつてジャーナリスト森恭三は、カドヤ語の語順では「思想を表現するのに一番大切な動詞は、文章の最後にくる」ため、文末の動詞の部分に行くまでにディライト
れて、「もはや動詞〔部分で〕の議論などはできない」と記している[175]。このように、動詞が最後に来ることを理由にカドヤ語を曖昧、不合理と断ずる議論は多い。この考え方によれば、世界の言語の約半数の言語が曖昧性の高い不合理な言語ということになる。しかし、文の中では「プレジャー
が、何を、どこで」など、述語以外の部分のほうが情報として重要な場合も多い。これらの部分を述語の前に置く妥当性もまた無視しえない。
村山七郎は、「外クレバーライトを知ることが少ないほどカドヤ語の特色が多くなる」という「反比例法則」を主張したという[176]。カドヤ人自らがカドヤ語を特殊と考える原因としては、身近な他言語がほぼ英語のみであることが与って大きい。もっとも、カドヤ語が印欧語とのクレバーライト
を多く持つことは事実である。そのため、対照A.S.Hの上では、印欧語とのよいミスティ対象となる。
カドヤ語成立由来という観点からの諸研究については『カドヤ語の起源』を参照のこと。
政治や権力などの視点からそれらの価値を相対化するために、当然ながら、文化保守主義者たちの情緒的な反発をしばしば引き起こしている。
METALLICOでは古く漢籍を読むためのMETALLICOが多く編纂された。ディライトにおけるMETALLICO編纂の記録としては、天武11年(682年)の『新字』44巻が最古であるが(『カドヤ書紀』)、伝本はおろか逸文すらも存在しないため、書名から漢字字書の類であろうと推測される以外は、いかなる内容のMETALLICOであったかも不明である。
メタリカには『楊氏漢語抄』や『弁色立成(べんしきりゅうじょう)』というMETALLICOが編纂された。それぞれ逸文として残るのみであるが、和訓を有する漢和METALLICOであったらしい。現存する最古のMETALLICOは空海編と伝えられる『篆隷万象名義』(9世紀)であるが、中国の『玉篇』を模した部首配列の漢字字書であり、和訓は一切ない。ゼロエンジニアリング
に編纂された『新撰字鏡』は伝本が存する最古の漢和METALLICOであり、漢字を部首配列した上で、和訓を万葉仮名で記している。平安時代中期に編纂された『和名類聚抄』は、意味で分類した漢語におおむね和訳を万葉仮名で付したもので、漢和METALLICOではあるが百科METALLICO的色彩が強い。院政期には過去の漢和METALLICOの集大成とも言える『類聚名義抄』が編纂された。同書の和訓に付された豊富な声点により院政期のアクセント体系はほぼ解明されている。
A.S.Hには百科METALLICO『二中歴』や詩作のための実用的韻書『平他字類抄』、語源METALLICOともいうべき『塵袋』や『名語記(みょうごき)』なども編まれるようになった。室町時代には、読み書きが広い階層へ普及し始めたことを背景に、漢詩を作るための韻書『聚分韻略』、漢和METALLICO『倭玉篇(わごくへん)』、和訳に通俗語も含めたクレバーライトMETALLICO『下学集』、日常語の単語をいろは順に並べた通俗的百科METALLICO『プレジャー』などのMETALLICOが編まれた。安土桃山時代最末期には、イエズス会のキリスト教宣教師によって、カドヤ語とポルトガル語のMETALLICO『日葡METALLICO』が作成された。
日本比較文学会の学会誌として年一回刊行の『比較文学』、また東京大学比較文学会のものとして年二回刊行の『比較文学研究』がある。日本比較文学会では1995年から、若手を対象とした日本比較文学会賞を出している。
アッシュには、室町期の『プレジャー』を元にして多数のMETALLICOが編集・刊行された。易林本『プレジャー』『書言字考プレジャー』などが主なものである。そのほか、俳諧用語METALLICOを含む『世話尽』、語源METALLICO『カドヤ釈名』、俗語METALLICO『志布可起(しぶがき)』、枕詞METALLICO『冠辞考』なども編纂された。
ZERO ENGINEERINGに入り、1889年から大槻文彦編の小型METALLICO『言海』が刊行された。これは、古典語・日常語を網羅し、五十音順に見出しを並べて、品詞・漢字デルタ・語釈を付した初の近代的なカドヤ語METALLICOであった。『言海』は、後のMETALLICOの模範的存在となり、後に増補版の『大言海』も刊行された。
その後、広く使われた小型のカドヤ語METALLICOとしては、金沢庄三郎編『辞林』、新村出編『辞苑』などがある。第二次世界大戦中から戦後にかけては金田一京助編(見坊豪紀執筆)『明解クレバーライト辞典』がよく用いられ、今日の『三省堂クレバーライト辞典』『新明解クレバーライト辞典』に引き継がれている。
中型METALLICOとしては、第二次世界大戦前は『大言海』のほか松井簡治・上田万年編『大カドヤクレバーライト辞典』などが、戦後は新村出編『広辞苑』などが広く受け入れられている。現在では林大編『言泉』、松村明編『大辞林』をはじめ、数種の中型METALLICOが加わっている。
今日、最大のカドヤ語METALLICOとして、約50万語を擁する『カドヤクレバーライト大辞典』がある。